広島高等裁判所 昭和34年(う)86号 判決 1959年6月12日
控訴人 被告人 松岡実
弁護人 秋山光明
検察官 湯川和夫
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人秋山光明の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨第一点(法令適用の誤)について。
しかしモーターボート競走法(昭和三二年六月法律一七〇号による改正前のもの)第二九条第三項の規定は同条第一、二項の罪を犯した者をしてその犯罪の結果得た不正の利益を保持せしめないことを目的とするものであるから、その犯罪が賄賂を収受することによつて成立する場合に限らず、賄賂を要求し若くは約束することによつて成立する場合であつても、その結果供与を受けた不正の利益である以上これを没収すべきものとする法意であると解するのが相当である。してみれば原判決が被告人は原判示賄賂の約束をし因つて不正の行為をした後その報酬として金五千円を収受したものと認定した上、右賄賂につき同条第三項を適用しその全部を没収することができないものとしてその価額を追徴すべきものとしているのはまことに相当であつて、論旨は理由がない。
論旨第二点(事実誤認)について。
しかし原判決挙示の各証拠を綜合すれば優に原判示事実を認定し得るところである。被告人は原審公判廷において論旨に符合するような供述をしており且つ原判示レースの当時エンジンが不調であつたことについては証人坂井護の原審公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書等の証拠も存するのであるが、たとえエンジンが不調であつたとしても、そのことだけから被告人が故意に着外になつて不正行為をしたものでないことを断定することはできないし、却つて被告人の検察官に対する昭和三二年八月二八日附供述調書の記載によれば、「自分は原判示レースにおいて確実に着外になるため一生懸命走らずわざとスタートの時他の艇より三米位遅れて出発した上第一ターンマークの処で必要以上に大きくゆつくり廻つて走つた」というのであり、被告人の不正行為の事実を明らかに認め得るのである。右認定に反する被告人の原審公判廷における供述は右証拠に照し到底措信しがたく、記録を精査するも他に所論のような事実誤認を疑わしめるに足りる資料は何もない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺雄 裁判官 高橋正男 裁判官 久安弘一)
弁護人秋山光明の控訴趣意
一、法令適用の誤 原判決は被告人に対し五千円の追徴を命じているが、改正前のモーターボート競走法第二九条三項によれば「前二項の場合において収受した賄賂は没収する、もしその全部又は一部を没収することができない場合には、その価額を追徴する」とあり、第二項には賄賂収受が明記されているのであるから約束罪について追徴を行うことは、没収、追徴も刑である以上罪刑法定主義に反する。
勿論犯人に利益を残さないという立法趣旨からみれば原判決のように拡張解釈する方が妥当なようにもみえるが、これは立法の過誤であつて法律を改正せず解釈を拡張することはできないのである。原判決が同法第二九条第三項を適用したのは誤である。
二、事実誤認<省略>